先日、ある精密機械メーカーの社長(62歳)から、こんな相談を受けました。

「息子は別の仕事をしていて、会社を継ぐ気はないと言っている。幹部社員も、経営者にはなりたくないと。このまま何もしなかったら、俺が引退するとき会社はどうなるんだろう」

この不安、今の中小企業経営者の多くが抱えています。帝国データバンクの調査では、後継者が「いない・未定」と答えた中小企業は依然として6割を超えています。

だからといって、何もしないのが最も危険です。後継者なきまま廃業すると、30年かけて積み上げてきた顧客基盤も、熟練社員の技術も、ブランドも、すべてゼロになります。今日は、後継者がいない社長が取れる選択肢を3つ、具体的にお伝えします。

第3位:信頼できる幹部に引き継ぐ「従業員承継(MBO)」

MBO(マネジメント・バイアウト)は、社内の幹部社員が自社株を取得して経営権を引き継ぐ手法です。外部に売るのではなく、長年一緒に仕事をしてきた人材に任せられるのが最大の強みです。

「あの部長なら会社を頼める」と感じている社長には、一番しっくりくる選択肢かもしれません。社内の文化や人間関係を維持しながら承継できる点も、経営者として安心できる理由のひとつです。

ただし、ハードルがあります。幹部社員が自社株を買い取るための資金をどう調達するか、という問題です。中小企業の自社株は数千万円から、場合によっては数億円になることもあります。社員個人の貯蓄だけでは賄えないことが多く、金融機関からの融資や、社長が株を分割で譲渡する「段階譲渡」の仕組みを組み合わせるケースが一般的です。

時間をかけて丁寧に設計すれば、社内の信頼関係を保ちながら引き継ぎができます。まずは顧問税理士に相談して、株価評価から始めると良いでしょう。

第2位:現金を受け取れる「M&A」

数年前まで、「中小企業のM&Aなんて大企業の話」と思われていました。でも今は違います。

年商2〜3億円の会社でも、5,000万円から1億円以上の売却価格がつくケースが増えています。業種によっては年商を超える評価がつくこともあります。後継者問題を抱えた会社のM&Aマッチングは急増していて、売り手市場になっている分野も出てきました。

M&Aの最大のメリットは、オーナーが「まとまった現金」を手にできることです。長年育てた会社の価値を、引退時に換金できるのは他の手法ではなかなか難しい。

注意点は、すべての会社が高値で売れるわけではない点です。財務内容が複雑だったり、社長個人への依存度が高すぎたりすると評価が下がります。M&Aを選ぶなら、できれば60歳前後から準備を始めて、会社をできるだけ「売れる状態」に整えておくことが大切です。

第1位:税負担ゼロを実現する「事業承継税制の特例措置」

この中で、最も見逃せない選択肢がこれです。

中小企業の事業承継で最大の壁のひとつが、自社株にかかる相続税・贈与税です。会社の業績が良ければ良いほど株価が高くなり、後継者が何千万・何億円もの税金を払わなければならないケースがあります。これが理由で承継を諦める会社も少なくありません。

「事業承継税制の特例措置」は、この税金の猶予率を100%に引き上げた制度です。後継者が経営を続けている限り、相続税・贈与税の納税が猶予されます。実質的に、税負担なしで自社株を渡せる仕組みと考えてください。

ただし、この特例措置には期限があります。特例承継計画の申請を経て、事業承継の実施期限は2027年12月31日です。この期限を過ぎると、通常の事業承継税制しか使えなくなります。

会社の規模が大きく、株価が高いほど、この制度の恩恵は大きくなります。「まだ先でいい」と思っている場合でも、期限がある制度である以上、早めに税理士へ相談してスケジュールを確認しておくことをおすすめします。

3つの選択肢をどう組み合わせるか

これら3つの手法は、排他的ではありません。事業承継税制を活用しながら幹部社員にMBOで株を段階的に移す、あるいはM&Aで一部の事業を売却して残りを従業員に引き継ぐ、といった組み合わせも現実には多くあります。

大切なのは、「まだ先でいいか」と先延ばしにしないことです。事業承継の準備には平均3〜5年かかるとも言われています。65歳で引退したいなら、60歳の今がギリギリのスタートラインです。

まだ後継者問題を「自分には関係ない」と思っているなら、今期中に一度、顧問税理士か事業承継の専門家へ相談してみてください。選択肢が広がっているうちに動くのが、最も賢いタイミングです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。