先日、会社を退いたばかりの元社長からこんな話を聞きました。
「事務が楽になるからって簡易課税にしたら、その翌年に大きな設備投資をしてね。消費税が全然戻ってこなかったんだよ」
本人いわく、経理担当が「毎月の計算がラクになりますよ」と勧めてきたので、深く考えずに切り替えたそうです。ところがその1年後、工場の設備を入れ替えるタイミングが重なり、想定していた消費税の還付が一切受けられなかったといいます。
簡易課税は「売上」だけで税額が決まる
消費税の申告方式には、実際の仕入や経費にかかった消費税を積み上げて計算する「本則課税」と、売上高に業種ごとの「みなし仕入率」を掛けて概算で計算する「簡易課税」の2種類があります。
簡易課税の最大の特徴は、納める消費税額が売上の消費税だけで決まってしまう点にあります。実際にいくら仕入れたか、いくら設備投資をしたかは、計算式のどこにも登場しません。
この元社長のケースでいえば、たとえ数千万円の機械を購入していても、簡易課税を選んでいる限り、その支払いにかかった消費税は納税額の計算に一切反映されないということです。
大型投資の年に何が起きたか
本則課税であれば、話はまったく違ってきます。
たとえば2,000万円の設備を購入すれば、その消費税額はおよそ200万円。本則課税なら、売上にかかる消費税からこの200万円を差し引き、場合によっては還付を受けることもできます。設備投資が集中する年ほど、本則課税のほうが資金繰りに有利に働くケースは珍しくありません。
ところがこの元社長は、まさにその設備投資の年に簡易課税を選択していました。結果として、本来なら手元に戻ってきたはずの消費税が、まるごと出ていったままになったのです。「せめて投資の前に、どちらが得か比べていれば」と、何度も悔しがっていました。
2年間は後戻りできない「縛り」
さらに厄介なのが、簡易課税は一度選択すると、原則として2年間は本則課税に戻せないという点です。
「じゃあ気づいた時点ですぐ本則課税に変更すればいいのでは」と思うかもしれませんが、それができません。届出を出した事業年度の翌事業年度から数えて2年間は、簡易課税が強制的に継続されます。
つまり、簡易課税を選んだ年に設備投資の予定がなくても、その翌年や翌々年に大きな投資が控えているなら、選択の時点でその影響まで見越しておく必要があるということです。1年先、2年先の投資計画まで含めて判断しなければならないのが、この制度の難しいところです。
届出前のシミュレーションが命綱
では、どうすればこの元社長のような失敗を避けられたのでしょうか。
答えはシンプルで、「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出する前に、向こう2年間の投資計画を洗い出し、本則課税と簡易課税それぞれで納税額を試算しておくことです。事務負担の軽減というメリットだけを見て決めるのではなく、資金の出入りという観点から比較する一手間が欠かせません。
特に、店舗の改装や生産設備の更新、社用車の入れ替えなど、まとまった金額の投資を予定している会社ほど、この試算の重要性は高くなります。届出は事業年度が始まる前に済ませておく必要があるため、決算が近づいてから慌てて検討しても間に合わないことが多いのも注意点です。
この元社長は最後にこう言っていました。「制度そのものは悪くない。ただ、投資のタイミングと重ねて考えなかった自分が甘かった」と。
もし来期以降に設備投資や大きな買い物の予定があるなら、簡易課税を選ぶ前、あるいは今の課税方式を見直す前に、一度顧問税理士とシミュレーションをしておくことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。