先日、ある社長からこんな相談を受けました。「個人事業のまま5年粘ってしまったが、法人にしていたらどれくらい違ったのか計算してほしい」と。

実際に試算してみると、数百万円の差が出ていました。しかも本人は「法人化は面倒だから」という理由だけで、その決断を先延ばしにし続けていたのです。

なぜ「面倒くさい」が高くつくのか

この社長の言い分はよくわかります。法人を作れば登記が要り、社会保険への加入義務が発生し、決算も個人の確定申告より複雑になります。

手続きの手間だけを見れば、個人事業のままでいたい気持ちは自然です。ですが、税率の構造を知らないままその状態を続けると、利益が伸びるほど損失も膨らんでいきます。

個人事業の所得税は累進課税で、利益が増えるほど税率が上がっていきます。一方、法人税は一定の水準を超えるとほぼ横ばいになります。この二つの線がどこかで交差する瞬間があり、そこを過ぎると法人の方が明らかに有利になるのです。

目安は利益800万〜900万円あたり

具体的な分岐点は、事業の利益がおおむね800万円から900万円を超えたあたりです。ここを境に、個人の実効税率が法人税率を上回り始めます。

この社長のケースでは、利益がその水準を超えてから5年近く個人事業のまま走り続けていました。1年ごとの差額は数十万円程度でも、5年分積み重なると数百万円という金額になります。

複利のように毎年の差が上乗せされていくため、「気づいたときにはもう取り返しがつかない金額」になっているのが法人成りの遅れが怖いところです。

法人にすると何が変わるのか

法人化によって使える選択肢は、個人事業のときとは比べものにならないほど増えます。

  • 自分に役員報酬を払うことで、給与所得控除を使える
  • 家族に給与を分散し、世帯全体の税負担を下げられる
  • 社宅や出張日当など、経費として扱える範囲が広がる
  • 退職金を計画的に積み立て、将来の受け取り方を設計できる

個人事業では「事業主の取り分」という発想しかありませんが、法人になると「会社から自分へ、会社から家族へ」というお金の流れを自由に設計できるようになります。これが節税効果の正体です。

「まだ早い」と思っているうちに水準は超えている

多くの社長が法人成りを先延ばしにする理由は、「まだうちはそんな規模じゃない」という感覚です。ですが利益800万円という水準は、事業が軌道に乗り始めた個人事業主なら意外と早く到達します。

今回のケースでも、本人は「そんなに儲かっている実感はなかった」と話していました。売上が伸びる過程で、いつの間にか分岐点を超えていたのです。

感覚と実際の利益水準にはズレが生じやすいからこそ、定期的な試算が意味を持ちます。

試算だけでも早めにしておく価値がある

法人化を決断する必要はまだなくても、「今の利益水準なら法人にした場合いくら差が出るか」を試算しておくことはできます。

試算自体には大きなコストも手間もかかりません。数字を見た上で「まだ個人事業でいい」と判断するのと、数字を見ないまま何となく先延ばしにするのとでは、結果が大きく変わってきます。

利益が伸び始めたと感じたら、法人成りのタイミングを一度数字で確認してみることをおすすめします。判断を先延ばしにした年数がそのまま、納め過ぎた税金の金額になっていくからです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。