先日、食品製造業を営む60代の社長と話していたとき、こんな言葉が出てきました。「会社はそこそこうまくいっているけど、息子に渡すときに税金でどうなるか……正直、考えるのが怖い」
その不安は、決して大げさではありません。非上場株式の評価額は、会社の業績が良ければ良いほど高くなります。売上5億円、利益率10%の会社なら、自社株の評価額が1〜2億円になることも珍しくない。相続税の実効税率が40〜50%に達するケースでは、後継者がいきなり数千万円の税金を求められることになります。
手元にその現金がなければ株を売るしかなく、株を売れば経営権が失われる——そうやって「優良企業なのに後継者問題で消えていく会社」が、毎年相当数あるのが現実です。
事業承継税制という「切り札」
こうした問題を解決するために国が用意した制度が、事業承継税制の特例措置です。
一言で言えば、「後継者が自社株を受け取ったときにかかる贈与税・相続税を、最大100%猶予してもらえる」制度です。猶予というのは単なる先送りではなく、一定の要件を満たしたまま経営を続ければ、最終的に納税が免除されます。
つまり実質的に、自社株にかかる税負担がゼロになるケースがあるということです。相続税対策の中でも、これほど強力な制度はそうありません。
どんな会社が対象になるのか
この特例措置は、中小企業者に該当する非上場会社が対象です。業種の制限はなく、製造業・小売業・サービス業・建設業など幅広い企業が使えます。
主な適用要件をざっくり整理するとこうなります。
- 現経営者(先代)が筆頭株主であること
- 後継者が会社の代表者になること(または就任予定)
- 後継者が先代の親族などの要件を満たすこと
- 「特例承継計画」を都道府県知事に提出・確認を受けること
詳細な要件は会社の状況によって異なりますが、大枠としては「中小企業のオーナー経営者が、家族や社内の人間に会社を譲る場合」にはほぼ使える制度だと思ってください。
見落としがちな「2027年3月」という壁
ここで必ず知っておいてほしいのが、申請期限の存在です。
この特例措置を使うには、まず**「特例承継計画」を2027年3月31日までに都道府県に提出**する必要があります。この期限を過ぎると、特例措置(100%猶予)は使えなくなり、一般措置(80%猶予)への切り替えしか残りません。
2027年3月と聞くと「まだ1年以上ある」と感じるかもしれません。ただ、税理士への相談・計画書の作成・都道府県への提出といった一連の手続きには、最低でも数ヶ月はかかります。後継者の選定や社内調整が絡めば、さらに時間がかかることも珍しくありません。
「来年でいいや」と思っていたら期限を逃す——そういうケースが全国で実際に起きています。
「うちはまだ先の話」が一番危ない
事業承継の相談で多いのが、「まだ元気だし、今は考えなくていい」というパターンです。ところが、制度を使えるタイミングと、実際に承継が必要になるタイミングは一致しません。
特例承継計画の提出は、まだ代替わりしていない段階でも行えます。「計画書だけ先に出しておいて、実際の贈与・相続は数年後」という使い方も可能です。重要なのは、期限内に計画書を提出しておくこと。これさえできれば、実際の手続きは後からでも動けます。
逆に言えば、計画書を出し忘れた時点で選択肢が大きく狭まります。健康なうちに、余裕があるうちに動いておくことが、最大の節税につながります。
手続きの流れ(おおまかなイメージ)
細かい手順は会社の状況で変わりますが、大まかにはこういう流れになります。
- 税理士・認定支援機関への相談(制度の適用可否の確認)
- 特例承継計画の作成(税理士・認定支援機関が支援)
- 都道府県知事への提出・確認(ここが2027年3月の期限)
- 実際の贈与または相続のタイミングで税務申告・猶予申請
ステップ3が期限のある関門ですが、ステップ1〜3だけなら今から動いておけば十分間に合います。ステップ4はその後のことなので、焦る必要はありません。
まず「使える会社かどうか」だけ確認しておく
自社株の評価額が高い会社ほど、この制度の効果は絶大です。まだ事業承継税制を使うかどうか決めていない方も、まずは「うちの会社はこの制度を使えるのか」「自社株の評価額はいくらなのか」だけでも税理士に確認してみてください。
計画を実行するかどうかは後で決めればいい。でも確認だけは、今すぐやっておくべきです。2027年3月という期限は、思っているより早く来ます。顧問税理士にまだ相談していないなら、今期中に一度話を持ちかけておくことを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。