先日、会社を設立して3期目に入った社長から、こんな相談を受けました。

「設立準備でバタバタしていた頃、何十万円もポケットマネーで払っていたんです。名刺を作ったり、税理士に相談したり、事務所の下見に行ったり…。あれ、もう経費にできないですよね?」

その社長は、設立初年度の決算で開業費を使い切れなかったことをずっと悔やんでいました。実はこの思い込み、非常にもったいない誤解です。開業費や創立費は、何年たっても、利益が出たタイミングで自由に経費化できる仕組みになっています。

開業費は「繰延資産」という特別な扱い

会社設立前後にかかった費用のうち、事業を始めるために直接必要だった支出は「開業費」、会社という器を作るためにかかった登記費用などは「創立費」として、税務上は繰延資産に分類されます。

繰延資産と聞くと難しく感じますが、要は「支払った年に全額経費にしなくてもいい資産」だと考えてください。通常の経費であれば発生した期に計上するのが原則ですが、開業費・創立費は例外的に「任意償却」というルールが認められています。

任意償却とは、その名の通り、いつ・いくら経費にするかを会社側の判断で自由に決められる制度です。極端な話、設立から5年後、10年後にまとめて全額を経費に落とすことも法律上は可能です。

赤字の年は寝かせて、黒字の年に取り崩す

具体例で考えてみましょう。設立初年度に80万円の開業費があり、その期は売上が伸び悩んで赤字だったとします。

この場合、無理に開業費を経費化する必要はありません。赤字の年にさらに経費を積み増しても、もともと税負担はゼロですから、節税効果を発揮できないまま80万円を使い切ってしまうことになります。

そこで、開業費は資産としてそのまま貸借対照表に残しておき、翌年以降、利益がしっかり出たタイミングで取り崩すという判断ができます。例えば3期目に500万円の黒字が見込まれるなら、その年に80万円をまとめて経費計上すれば、実効税率30%換算で20万円強の節税につながる計算です。

これは「利益が出た年に、経費というカードを切る」発想に近く、資金繰りや業績の波に合わせて柔軟に使える数少ない制度です。

注意しておきたいポイント

便利な制度ですが、いくつか押さえておくべき点があります。

まず、開業費として認められるのは「事業を開始するために直接必要だった費用」に限られます。設立前の生活費や、事業と関係のない支出は対象外です。領収書やレシートは、支出の目的がわかる形で保管しておく必要があります。

また、いくら任意償却とはいえ、資産として計上したまま何年も放置していると、税務調査で内容を聞かれることがあります。何にいくら使ったのか、簡単な明細をエクセルなどでまとめておくと安心です。

そしてもう一つ、開業費は「会社設立前」の支出が対象です。設立後にかかった経費は通常どおりその期の経費として処理するのが原則ですので、開業費と混同しないよう注意してください。

もし過去の決算で、開業費をよくわからないまま初年度に全額落としてしまっていたとしても、それ自体は間違いではありません。ただ、次に会社を作るとき、あるいは別事業を法人化するときには、この「寝かせる」という選択肢があることを覚えておくと、決算の打ち手が一つ増えます。

まだ開業費・創立費が資産として残っている社長は、今期の利益状況を見ながら、取り崩すタイミングを顧問税理士と一度相談してみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。