先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。

「息子は継がないと言っている。かといって廃業するのはもったいない。売却も考えているが、税金でどれくらい持っていかれるのか見当がつかない」。

親族に後継者がいない場合、会社を畳むのではなく売却するというのは立派な選択肢です。ただし、同じ「会社を売る」でも、売り方によって手取り額が大きく変わることは意外と知られていません。

個人が株式を売れば税率は約20%

会社のオーナーが保有する株式そのものを買い手に譲渡する。これが株式譲渡です。

個人が株式を譲渡して得た利益(譲渡益)には、申告分離課税が適用されます。税率は所得税・住民税をあわせて約20%です。給与所得や事業所得のように他の所得と合算されず、税率も一定なので、計算がシンプルなのが特徴です。

極端な話、譲渡益が1億円であっても、税率が跳ね上がることはありません。オーナー個人の手取りを最大化したいなら、まず検討すべき選択肢がこの株式譲渡です。

事業譲渡は「会社」と「個人」で二重に課税される

一方で、「株式ではなく事業だけを売る」という方法もあります。工場や店舗、取引先との契約、従業員などの事業そのものを、会社から買い手企業に譲渡する事業譲渡です。

こちらは仕組みが少し複雑になります。事業を譲渡して利益が出ると、その利益はまず会社の利益として法人税等の課税対象になります。中小企業でも実効税率はおおむね30%前後です。

問題はここで終わらないことです。会社に残った売却代金を、オーナー個人が受け取ろうとすると、配当や役員退職金といった形でもう一段課税されます。配当として受け取れば総合課税の対象になり、所得水準によっては税率がさらに重くなります。

会社段階での法人税と、個人が受け取る段階での所得税。この二段構えの課税があるため、事業譲渡は同じ売却代金でも手取りが目減りしやすい構造になっています。

なぜ事業譲渡を選ぶ会社もあるのか

ここまで読むと「株式譲渡一択では」と思うかもしれませんが、事業譲渡にも選ばれる理由があります。

買い手側からすると、株式譲渡は簿外債務や過去の税務リスクまで丸ごと引き継ぐことになります。一方、事業譲渡なら必要な資産・契約だけを選んで買い取れるため、リスクを切り分けやすいのです。買い手が「事業だけ欲しい、会社の中身は要らない」と考えるケースでは、事業譲渡が交渉のテーブルに乗ってきます。

つまり、税金だけで決まる話ではなく、買い手の意向や会社の状況(債務の有無、許認可の扱いなど)によって、最適な売り方は変わってくるということです。

売却を考え始めたら早めに試算を

後継者不在という同じ状況からスタートしても、売り方の選択ひとつで手取り額に数千万円単位の差が生まれることも珍しくありません。

しかも、株式譲渡か事業譲渡かは、買い手との交渉が始まってから決めるのでは手遅れになりがちです。会社の資本構成や含み損益によって有利不利が変わるため、売却を検討し始めた段階で一度、両方のパターンで手取り額を試算しておくことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。