先日、年商がようやく1,000万円を超えたという個人事業主の方から、こんな相談を受けました。
「法人化した方がいいって周りに言われるんですが、正直どこを見て判断すればいいかわからなくて…」
この相談、本当によく受けます。そして「売上が増えたら法人化」という漠然としたアドバイスだけを信じて動いてしまい、後から「思ったほど節税できなかった」となるケースが少なくない。今日は、感覚ではなく数字でしっかり判断できるように整理してみます。
個人の税率は、ある時点から急カーブを描く
個人事業主の税金は「稼げば稼ぐほど税率が上がる」累進構造です。課税所得が900万円を超えると所得税率は33%になり、住民税の10%を加えると43%。4,000万円を超えれば、所得税と住民税だけで55%という水準に達します。
意識してほしいのは、課税所得が700万円を超えてきたあたりからです。このラインを越えると税率の上昇カーブが急になり、「もう少し稼いでも、手元に残るお金が増えにくい」という状態が始まります。ここが法人化を検討し始める最初のサインです。
法人に切り替えると、税率がガラッと変わる理由
法人の場合、税率の構造がまったく異なります。法人税に地方税を合わせた実効税率は、所得800万円以下の中小企業であれば約22〜23%程度。中小企業向けの軽減税率が適用されるからです。
個人で課税所得700万円なら、税負担の割合は40%前後。法人なら同じ利益規模に対して22%程度。この差が、年間200〜300万円規模の税負担の違いとして現れるケースが出てきます。「法人化で300万変わる」という話が現実になるのは、まさにこの構造差です。
ただし、「節税できる」とイコールではない
ここで少し立ち止まって考えてほしいのですが、法人化すれば自動的に得になるわけではありません。
まず社会保険料の問題があります。個人事業主は国民健康保険ですが、法人を設立して役員になると健康保険・厚生年金への加入が必須になります。会社と個人で折半とはいえ、トータルの負担額が増えるケースは多い。
それに加えて、設立・運営コストも発生します。法人設立の登記費用だけで20〜25万円。毎年の税理士報酬と決算費用は30〜80万円が継続的にかかります。利益規模が小さいうちは、節税メリットをこれらのコストが食いつぶしてしまうことがあります。
「年商1,000万超かつ利益500万以上」が現実的な分岐点
コストも含めて試算した場合、法人化が本当に有利に働くのは次の2つが揃ったときです。
- 年商(売上)が1,000万円を超えている
- 利益(経費を差し引いた実質的な手取りの原資)が500万円以上ある
この2条件が揃って初めて、税率差のメリットが社会保険と設立コストを上回ってきます。どちらか一方だけでは「やってみたら逆に増えた」という笑えない結果になりかねません。
年商1,500万円でも経費が多くて利益が200万円しか残らないなら、急ぐ必要はありません。逆に年商800万円でも利益率が高く500万円以上残っているなら、今すぐ試算してみる価値は十分あります。売上の金額ではなく、「いくら手元に残るか」で判断することが大切です。
決断前に必ずやること
法人化を本気で検討し始めたら、「感覚」ではなく「シミュレーション」で判断してください。
現状の個人の税負担額と、法人化後の法人税+役員報酬にかかる所得税+社会保険料の合計を並べて比較する。この計算を税理士に依頼すれば、「今期中に動くべきか、来期まで待つべきか」がほぼ明確になります。
タイミングも重要です。法人の事業年度をいつ始めるかによって、最初の決算での節税効果が大きく変わります。設立月と決算月の設計まで含めて相談することをおすすめします。もし年商・利益ともに目安に達しているなら、「今年度の確定申告が終わる前に動く」くらいの気持ちでいた方がいいと思います。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。