先日、個人事業主として10年近くデザイン事務所を運営してきたという方から、こんな相談が届きました。「今年の課税所得が800万円を超えそうで、税金がしんどくなってきた。法人化した方がいいのか、ずっと判断できないでいます」と。

この悩み、ある売上水準に達した個人事業主の方なら、一度は感じたことがあるはずです。今日はその「法人化の分岐点」について、具体的な数字を交えながらお話しします。

個人の所得税、どこが「壁」になるのか

個人事業主として稼ぐと、所得が増えるにつれて所得税率が段階的に上がっていきます。

課税所得が900万円を超えると所得税率33%、1,800万円を超えると40%、4,000万円を超えると45%。住民税の10%を加えると、最終的に最大55%まで達します。つまり、頑張って稼いだお金の半分以上が税金に消える計算です。

「売上は伸びているのに、手元に残るお金が増えている実感がない」という方は、この累進課税の壁にぶつかっている可能性があります。

結論:課税所得700〜800万円が法人化の目安

一般的に、法人化を真剣に検討すべきタイミングの目安は、課税所得が700〜800万円を超えてきたあたりです。

なぜこの水準かというと、法人の実効税率(法人税+住民税+事業税の合計)は中小企業の場合、概ね25〜30%程度に収まるからです。個人の累進課税と比べると、この所得水準あたりから税率の差が明確に出始めます。

ただし、単純に税率を比べるだけでは判断できません。法人化には、個人事業主には使えない節税の「武器」が一気に増えるという大きな側面があるからです。

法人化で使える3つの節税策

まず、自分への給与を「役員報酬」として会社の経費に落とせるようになります。しかも役員報酬には給与所得控除が適用されるため、同じ金額を受け取っても個人事業主のときより課税対象の所得が少なくなります。個人事業主の事業所得にはこの控除が使えないので、これだけでも大きな違いです。

次に、家族への給与も会社の経費にできます。配偶者や両親が実際に業務を手伝っているなら、給与として支払って経費化できます。個人事業主でも専従者給与という制度はありますが、法人の方が柔軟に設計できるケースが多いです。

そして退職金制度。法人であれば将来の役員退職金を計画的に準備できます。退職所得は税制優遇が厚く、長期的な節税と資産形成を同時に実現できる手段として、多くの経営者が活用しています。

年商1,000万円前後は「消費税との複合タイミング」

法人化を検討するもう一つの重要な目安として、消費税のタイミングがあります。

個人事業主として売上が1,000万円を超えると、2年後から消費税の課税事業者になります。ところが新設法人は、資本金1,000万円未満であれば設立初年度と翌年は原則として免税事業者になれます(特定期間の売上等の条件あり)。

年商が1,000万円に近づいてきた段階で法人を設立すると、消費税の免税期間を実質的にリセットできる場合があるわけです。課税所得の面でも消費税の面でも、年商1,000万円前後は法人化を考えるべき複合タイミングといえます。

法人化のコストも必ず試算する

ただし、法人化にはコストも伴います。株式会社の設立費用は25万円前後(登録免許税15万円+定款認証等)、合同会社なら6万円程度です。毎年の税務申告も個人より複雑になるため、税理士への顧問料も変わってきます。

見落としがちなのが社会保険料です。法人化すると健康保険・厚生年金への加入が原則義務になります。役員報酬の設定によっては、社会保険料の増加で節税効果が薄れるケースもあるため、必ずセットで試算することが大切です。

「法人化すれば必ず得」ではなく、自分の売上構造・家族構成・将来設計を踏まえた上でシミュレーションすることが不可欠です。

「来期から動こう」では間に合わない

一つだけ重要な注意点があります。役員報酬は期の途中で変更すると損金算入できなくなるルールがあります。法人を設立して最初に設定した役員報酬は、その事業年度中は原則変えられません。

つまり、「今期の決算を見てから考えよう」と後回しにすると、最初の期の報酬設計が適切にできなくなる場合があります。法人化を本気で検討しているなら、決算期の少なくとも2〜3か月前から動き始めることをおすすめします。

課税所得が700万円を超えてきた実感があるなら、まず税理士に「個人と法人でどれだけ変わるか試算してほしい」と一言相談してみてください。その一歩が、年間数百万円の差につながることは珍しくありません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。